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アスペルガー症候群④(父と妻)

・父と妻
 私の母はどうしてあんな人と結婚したのかと責められることも多くあり、母も健常者と結婚していたらもっと違う人生だったかなと思うこともあるという。だから、これからの若い人たちにはアスペルガー症候群の診断テストをやってから結婚するようにしたらいいと思う、と話す。

 私の父は教師をしている。
 父の勤め先の生徒の保護者と、私の母が飲食店で会った時、生徒は私の父を嫌いで、どうして結婚できたのか不思議だと言っていたという。

 もちろん、同僚の先生や、生徒とうまくいかないことがしばしばあった。
母と結婚してすぐの時期、職場で孤立して異動になった。父への対応が難しく、追い出された感じで異動になった。父には原因がわからず、「お前が何かいったのか?」と私の母のせいだと疑っていた。

 また、生徒とトラブルになってかっとして胸ポケットのペンを手にして暴行を加えようとしたところ、同僚の先生に止められたこともある。

 私の母が父の仕事について父の直したほうが良いことを意見しても、いつも激しく怒り、母を罵倒し出すのだ。

兄が5歳、姉が3歳の時に私が誕生した。私の誕生を祝って神社でおまいりして、公園で遊んでいたときのこと。
姉のブランコの順番がきたとき、2歳くらいの男の子がとことこ歩いてそのブランコに乗ろうとしたら、父は大声で怒ってその子を小突いたので、その子のパパが飛んで来て焦って抱っこして去った。普通じゃないとその子のパパも感じたのだろう。その様子を母は少し離れたところで赤ん坊の私を抱っこしながら見ていて、あれが自分の夫なのだと思うと涙か出て来たという。

兄が生まれてまもない頃、父がいつも些細なことで突然怒ってパニックになり、酷い言葉で母を怒鳴る日々に耐え切れなくて、赤ん坊の兄を連れて母は家出した。長い道のりを電車で旅して、母は父との離婚を考えていたのだろうか。父は何も母の気持ちがわからなくて、反省をすることはない。この時も、自分が悪いとはつゆも知らずに母を責め、「早く戻ってきなさい」と怒鳴り散らしていたという。

人のことはすごく非難するが自分の間違いは認めないし謝らない。
自分では原因がわからないのだ。自分で自分のおかしさを理解していないから、自分に非があるとは思えない。だから、人を疑い、責めることで自分の中で理解できないことの解決をしているのだ。
 激怒してカッとなってしまい、普通じゃない行動を起こすのも、アスペルガー症候群の特徴だ。

父以外の家族で楽しく話していると、突然ぶち壊すような一言を放つことがよくある。私たちが楽しくテレビを見ていると、チャンネルを変える。
私たちには父のことが理解できなくて、言動も意味がわからないし、コミュニケーションがとれないから何を考えているかもわからなかった。

 兄が高校野球部に入った時、「鉛の球投げて何がおもしろいんだ!?勉強しろ!!」というふうなことを言って毎日罵倒し、やる気を無くさせた。それなのに野球部をやめて、勉強をがんばった兄は、相当良い成績を残していたのに、地元の国公立大学しか行かせないと言い張り、他の選択肢を与えなかった。兄は何のために勉強をがんばったのだろう。

これらの家族の苦悩、理解できないしされない父の不思議さは、全部、「空気が読めない」、「人の気持ちがわからない」、「変化が苦手」、「想像が苦手」、「人とのコミュニケーションが苦手」というアスペルガー症候群の特徴のせいだったのだ。

我が家では父がアスペルガー症候群であると徐々に気づき、対応しようと心がけてきた。しかし、本人はまったく気づいていない。もしも口にしたら怒鳴られるだろうし、どうせ理解ができないと思って誰も口にしない。
特に父の両親や妹(私の祖父母と叔母)がどう思っているのかわからなくて、触れられない。父の両親や父の妹は、父がコミュニケーションをとることが苦手なことや変にこだわりがあって変わっている人だということは知っている。それと同時に、すごく真面目で厳格で、勉強が得意だというのは長所と捉えている。
アスペルガー症候群なのではないかという発言はもしかしたら差別用語になるかも知れない。祖父母も叔母も怒ってしまうかもしれない。特に相手は大人であって、働いていて、夫であり父親なのだから。本人にわかってもらうことは難しいので、だんだんこちらが関わり方を見つけてうまく関わっていくのが賢明だと私の家族は判断した。
本当は、診断を受けて本人がアスペルガー症候群の自分を理解してほしかった。